西田幾多郎の声――手紙と日記が語るその人生
西田自身の言葉による西田伝
電子書籍=前篇後篇合冊版(Kindle版)
「人生いつまでも心配苦労の絶える事がない。人生はトラジックだ。」(死の年74歳1月2日の日記)――数々の家庭的不幸に見舞われる西田、人気哲学者の知られざる人生の内面。全書簡集・日記から精選し、手紙と日記を合わせて日付順に配列。研究資料ではなく読み物となるように選択。新版全集(2009年完結)で1.5倍の通数に増補された手紙のなかには西田の新しい横顔が見えるものも。詩歌多数収録。読みやすい現代表記を採用。
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著者 西田幾多郎
書名 西田幾多郎の声 手紙と日記が語るその人生 前篇 後編
体裁・価格 四六判上製 各352p 定価各3850円(本体3500円+税10%)
刊行日 2011年1月30日
ISBN 前篇 978-4-902854-81-7 C0023
ISBN 後篇 978-4-902854-82-4 C0023
●本書について
本書は西田幾多郎の公表された手紙と日記の選集である。本書の底本とした最新版の「西田幾多郎全集」(岩波書店刊)は、書籍自体に「新版」と記されてはいないが、出版案内の広告では「新版 西田幾多郎全集」とうたわれている全24巻構成の版である。この最新版全集は新編集による全面改版の増補新訂版であり、手紙は大幅に増補されている。「収集した書簡を基本的にすべて収録する」という方針のもとに、新たに収集されたものに加えて旧版の編集方針により不採用となったものも増補されたと推察され、また旧版で部分的に秘されたか省かれたところもあらわされている。直前の旧版収録数2855通に対し、最新版では4499通となった(旧版は日記篇1巻、書簡篇2巻の構成、最新版は日記篇2巻、書簡篇5巻の構成)。本書には996通の手紙を採用した。そのうち最新版で加えられた手紙は163通である。
本書は「手紙と日記という西田幾多郎自身の言葉をしてその人生を語らしめる」ことを企図したものであり、手紙と日記とを分類することなく、選んだ全てのものを日付順に配列した。
手紙と日記のほかに、読解の助けとなるものとして、1.西田が停年退官の時点で生涯を回顧した文章「或る教授の退職の辞」、2.家族関係図、3.主要人物紹介、4.年譜、5.著書目次一覧、6.宛名索引を附録した。
●本書収録の手紙より
1928.9.20
御手紙拝見いたしました。久しぶりにて二十余年も前に返った様な心持がいたしました。仰せの如く実際は尚両三年はあるのですが、戸籍面により今度退官いたしました。何かの風の吹き廻しで、私も一犬虚に吠えて万犬実を伝うと云う様に虚名がひろがり、外面には花やかに見えたものの、この十年来家庭の不幸には幾度か堪え難い思いに沈みました。花やかな外面も深い暗い人生の流れの上に渦まく虚幻の泡にすぎませぬ。いろいろの仕事も自己を慰める手段であったかも知れませぬ。今度停年に達したのを幸い、全然隠遁の生活に入って唯僅かばかり残されたる仕事の完成に従事したいと思っています。(……)
でゝむしの身はやせこけて肩書の殻のみなるを負へる我はも
1933.12.19
御手紙拝見いたしました。御変りもなき由。プロテストは私が最も喜んで聞きたいとおもっている所です。しかしどうか「人間学」とか「生の哲学」とかいう薄っぴらなものを読むだけでなく、どうかもっとよく読んで下さい。少くとも今度のものだけでも。ハイデッゲルの仕事は私も十分に敬意を表しますが、あれではどうしても深い実在や人生の問題を取り扱うことのできるものでない。日本の学徒は唯ドイツの人の書物をよみ、そのやり方をのみ込んで器用に用いるが、本当に自分の心の底から真剣に命がけに考えるということがない。これではいつまでも模倣に終るのみである。我々の生命の底から出た哲学ができる筈がない。もっと我々日本人のものを互いに読み合って、我が国に学問のPublikum〔読者・公衆〕というものを作らねばならぬとおもいます。学問は一人の力にてできるものでない。
●著者紹介
西田幾多郎(にしだ・きたろう)
1870(明治3)年、石川県生まれ。哲学者。第四高等中学校中退、帝国大学文科大学哲学科選科修了。第四高等学校講師を経て教授。この時期より参禅への関心を強め、禅師につく。号の寸心はこのころ雪門老師より受けたもの。その後、学習院教授を経て、1910(明治43)年、京都帝国大学文科大学助教授。1911(明治44)年、『善の研究』を処女出版。1913(大正2)年、京都帝国大学文科大学教授。1917(大正6)年に『自覚に於ける直観と反省』を岩波書店より出版し、以後、『働くものから見るものへ』『一般者の自覚的体系』『無の自覚的限定』『哲学の根本問題』『哲学論文集(第一〜第五)』等、最晩年まで同書店より多数の単行本を出版、これらは後に『西田幾多郎全集』(岩波書店)に収められる。1928(昭和3)年、京都帝国大学を停年退職。1940(昭和15)年、文化勲章受章。1945(昭和20)年6月7日、病のため鎌倉にて死去。