〈戦前戦中〉外交官の見た回教世界――笠間杲雄著作選集

日本イラン外交のあけぼの

イランで初代全権公使として活躍した著者の体験的イスラーム世界論。日本人外交官は近代化へと向かう両大戦間期イスラーム世界をどのように見ていたか。「アジア興隆の指導者を以て任ずる日本国民」の「認識不足を是正する目的を以て書かれた」諸著作中のイスラーム論を集成。中東から、東南アジア、満洲まで、「東洋」として位置づけられた「回教圏」。

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著者 笠間杲雄
書名 〈戦前戦中〉外交官の見た回教世界――笠間杲雄著作選集
体裁・価格 A5判上製 384p 定価7590円(本体6900円+税10%)
刊行 2018年11月
ISBN 978-4-906917-85-3 C0022


初版(紙版)書影

●本書について

本書は笠間杲雄が著した以下の著書から本書書名に適う部分を集めて一書にしたものである。
・『回教徒』1939年、岩波書店刊行(岩波新書)
・『沙漠の国』1935年、岩波書店刊行
・『青刷飛脚』1941年、六興商会出版部刊行
・『大東亜の回教徒』1943年、六興商会出版部刊行
『回教徒』は本文のすべてを収録した。「回教雑聞」の部は『青刷飛脚』中の「回教雑聞」の章である。

●目 次

回教徒

  序 言
回教総説
  一 回教という名称
  二 マホメットの生涯
  三 コーラン(聖経)
  四 回教の教義・信仰と勤行
  五 回教の宗派
  六 イランのシーア派
  七 回教諸国の興亡
回教徒の生活
  一 回教の戒律
  二 回教の暦
  三 ラマダーンの断食
  四 メッカ巡礼
  五 回教の科学
  六 回教の法制
  七 回教と経済生活
  八 回教徒の婚姻
  九 回教の女性生活
回教徒及び回教民族の現状
  一 日本の回教徒
  二 満洲国の回教徒
  三 支那の回教徒
  四 中亜特にソヴィエット聯邦の回教徒
  五 蘭印の回教徒
  六 フィリッピンの回教徒(モロ族)
  七 インドの回教徒
回教徒の人物
  一 漢回の驍将馬仲英
  二 アラビアの獅子王イブン・サウド
  三 イランの建設者リザ・パハラヴィ皇帝
  四 ケマル・アタチュルク
  五 アラビアのローレンス
  六 アガ・ハーン(附、イスマイル派)

沙漠の国

  序
ペルシアヘ
  バクーからテヘランへ
  テヘラン――生別、死別
  新公使館
  ペルシア富士とテヘラン銀座
ペルシア皇帝と語る
イランを飛ぶ
  テヘランからイスパハンまで
  クムの伽藍
  イスパハン
  皇帝寺院
  崇高門――帝王恋愛行進曲
  四十柱宮(チェヘル・ソトゥーン)
  古橋の驚異
  御坊町
  絨緞工場――心の紅糸
  シラーズに向う
  阿片の栽培
  バフチャリー族
  ジュルファ――アルメニア町――アルメニア教会
  アバス大帝
  シラーズ
  詩人ハフィーズ、サーディの墓
  ゼンド王朝の始祖カリム・ハンの都
  ペルセポリス――ダリウス大帝の宮殿
  パサールガデー――上代の首都
  ブシールに向う
  ブシールからマホメラまで――シュシュタール――スーザ
  英波石油会社
  油田を訪う
ペルシア展望
  サッサニア王朝の文化
  ペルシアの女
  ペルシアの新婚姻法
  ペルシアの宗教――マホメット教――シーア派
  ペルシア絨緞
  ペルシアの軍隊
  ペルシアの芸術
  草に生きるもの――漂泊の部落
沙漠のあけぼの――アラビアの空
  バグダッド――ファイサル王に謁見
  沙漠飛行
君府の想い出――金角江のほとり
  君府――「幸福の門」
  人種の市――言語の市
  ラマザンの一夜
  乞食と犬
  潔癖の国民
  経済的能力
  婦人の地位
  ロシア貴族
  白と赤

回教雑聞

  サラーム・アレイクム
  回教徒の女性生活
  イスラム伝説における妖怪変化について
  イスラム文学の展望
  ダンテ神曲に及ぼせるイスラム思想の影響

大東亜の回教徒

回教概説
  東洋と回教
  マホメットの奇蹟
  コーラン
  偶像排斥
  経典の純粋性
  正導者の再来
  世界教と禁酒
  回教の礼拝
  ラマダンの断食
  豚と回教
  高利貸根性と回教
  メッカ巡礼と回教の聯盟総会
  回教宗派の矛盾
  アラビア語とタガロク語
  「光は東方より」
  祭政一致と婦人の地位
  回教徒に接する心得
大東亜戦争と各地の回教徒
  日本の回教徒
  満洲の回教徒
  支那の回教徒
  フィリッピンのモロ族回教徒
  旧蘭印の回教徒
  インドの回教徒
  英米蘭の回教徒対策

●著者紹介

笠間杲雄(かさま・あきお) 1885年生、1945年歿。特命全権公使。法学博士。

東京に生まれ、金沢で育つ。一高を経て1909年東京帝大法科卒業。鉄道省に入り、1918年外務省に移る。1923年在伊大使館書記官として赴任、トルコのコンスタンチノープルに日本外交代表として駐在。続いてルーマニア代理公使としてブカレストに駐在。1925年帰朝、在仏大使館参事官に任命され、国際連盟の国際労働機関日本代表としてジュネーブに駐在。1928年ペルシア(イラン)初代全権公使としてテヘランに駐箚。1932年ポルトガル初代公使としてリスボンに駐箚。1934年帰朝。翌年日埃通商条約日本全権としてカイロ出張、1936年帰朝。東京帝大に提出した『国際河川航行論』(仏文)により学位取得。1938年退官。1938年発足の国策調査研究機関太平洋協会理事在職中に開戦となり、陸軍司政長官としてボルネオに赴任。1945年4月1日シンガポールから輸送船阿波丸で帰国の途中、阿波丸が米潜水艦に撃沈されて落命。