Shoshi Shinsui
高村光太郎著 「生命の創造」 (1956)

◎ 書肆心水の出版業者としての価値判断はこのエッセイにあらわされた思想に即しています。

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ソ連の生化学者オパーリン博士が講演のため日本に来たので、一しきり新聞雑誌が博士の「生命の起原」について書き立て、世人の注意をうながした。博士は講演の中で、人間の手による生命の創造、つまり無機物質の化学操作によって原始的生活物質体をつくり出すことの可能性が、そう遠くない将来に於て証拠立てられるだろうと述べたという。これは実に驚くべき予言で、もしその通りの事が行われたとしたら、これは現人類史の革命である原子エネルギーの解放という大事件にもまさる超大事件である。生命初発の秘密こそ、あらゆる宗教の根柢であり、神の存在がその上に成立っているのであるから、この予言そのものですら、宗教家はこれを神の冒涜と見なすであろう。この予言が実現したら、神はその立場を失い、宗教はその秩序を一変しなければならなくなるに違いない。人類現段階の文明に於ては、生命は神のみが与え得るものであり、神の存在をおいては生命を支配するもの絶無の筈なのである。

人類は太古の穴居時代このかた、生命という現象に摩訶不思議を感じ、神秘の思いをなし、ひいては生々化育の生殖作用にただただ驚異の眼を向けていた。

すなわち芸術の起原はこの生命そのものへの驚異感に外ならず、神に代ってこれを人間の手でつくり出したいという熱望が、ついに「芸術」を生み出したのである。又事実、芸術は仮象としての生命をつくり出した。人間の手で生命第二をつくり出したものは芸術以外にない。人類はわずかに芸術によって不可能な生命創造への宿望を満足させる事が出来たのである。

旧石器時代の洞窟にのこる壁画をはじめ、一切の芸術は生命礼讃に基き、神に代って生命を賦与しようとする人間造形本能の悲願に成らないものはない。

これを逆にいえば、生命を持たないものは芸術でない。いのちを内に蔵さない作物は過去現在未来に亙(わた)って決して芸術であり得ない。その代り、いのちを内に持つものは悉(ことごと)く芸術である。一見芸術を逸脱する如く見えるものもまた結局それが芸術の本道となる。芸術は無限にひろがって窮極するところがない。いのちを内に持たないものは、その見かけの如何にかかわらず、必ずあとから消えてなくなる。古典がいやにつよく、逞しいのは歳月のこの淘汰によって、いのち無きものを悉(ことごと)く棄て去ったあとの芸術のみが残っているからに外ならず、わずか二、三百年から千年くらいの間にこの淘汰は成就する。

一般大衆は細かい鑑賞力に欠けているように見えていながら、芸術の大本であるこのいのちの有無に関する限り不思議な本能的のカンを持っていて、結局長い間にはその差別を見きわめる。芸術は残し、芸術の擬体物は見すてる。甚だ峻厳である。いちばん手近な例として流行歌の興亡を見てもこの事は分る。

古典のつよさに比べて、現代はすべて混沌、不安定だ。いのちあるものと、いのち無きものとが、平気で隣り合せに雑居していて何の差別もつけ難いかに見える。コンテムポラリーの面白さはここにあり、又危険もここにある。現代はいつでも価値錯倒を含んで居り、もう一度ふるい直される必然性を持って居り、又そのように事実が進行している。当代一流と目されるものが、本当は下らないものだったということがいくらもある。バンディネルリのような低俗な彫刻家がミケランジェロと同列に見られていた同時代の一時期もあったのである。

作物のいのちの有無は、見るものが見れば一目で分るのであるが、一般にはこれがなかなか分らない。それを判断する役目を持つ批評家というものにも、実際は具眼の士がすくなく、批評家はむしろ、現状の万遍なき解説者、世界新知識の紹介者としての役目の方に多く成功している傾(かたむき)があり、作物に面と向って、そのいのちの有無を洞察する力あるものは甚だ稀で、その品儔が芸術のアクセサリーに終始していたり、概念的分類による取捨選択を強行している場合もしばしばある。判別機能ののろい一般大衆に至っては、コンテムポラリーの渦中である限り、ただ評判が高いということくらいが価値判断の基準になっている。ベストセラー商売というものが成立するのもこの為である。ところが、この盲千人の状態の中から、いつの間にか判断の自律作用が生れてきて、いのちあるものと、無きものとをふるい分ける目明き千人の眼が物を言うようになるこの大衆の良識は不思議でもあり、おそろしくもある。天網恢々というところだ。

芸術が生命の創造であるという分りきった事柄は幾度でもくり返し考えられねばならない。いのちは生きて動くものなので、動きのつよいもの程いのちが強いような錯覚を起しがちで、人はしばしば故意に誇張されたもの、大言壮語に似通うもの、どやしつけるようなものに圧倒される傾向があるが、これはまちがいである。そういうものに真のいのちのあることもあるが、そういうものにのみいのちがあるのではない。殆と動きのないようなものに却て強烈な生命が宿されている事のあるのは、日本人なら皆知っているだろう。生命の衝撃による真の絶叫と、他者の注意をひく為の絶叫のまねこととはよく混同されるが、これは峻別されねばならない。

動とか静とかは物の状態であって、いのちの本質とは別問題である。芸術はあくまで自由であるから、動でも静でもかまわない。芸術はいのちそのものであればよいのであって、芸術製作にあたって特殊の偏向した強制意識は不用である。日本精神の発揚とか、東洋趣味の流露とか、伝統の確保とか、これらの事はすべて製作の結果としてあらわれるのであって、製作の桎梏たらしめてはならないものである。私はむかし、「緑色の太陽」という小文を書いたが、今日でもその説に変りはない。太陽を緑色にかこうと、赤色にかこうと一切はかく者の自由であり、又責任である。

しかし、意志の向うところは自由であるが、それをかくものは一個の肉体を持った個人であるから、その個人は或る民族に属し、或る国民に属し、或る気候風土の中で育ち、或る社会風俗に囲まれて生活しているのである。その作るところのものが、結果として、或る特定の特質を持つに至るのは自然であり、必然であり、そんなことは作るもの自身の構ったことではないのである。しかも日本人の作るものが日本的であり、英国人のつくるものが英国的であるという大綱から外れない因果律のあるところに滋味がある。ムーアの彫刻はムーア自身で英国的に作っているとも思えず、むしろ世界人の一人としての製作であるに相違ないが、彼の彫刻はフランス的でもなく、ドイツ的でもなく、イタリア的でもなく、まして東洋的でもなく、結局あの重厚なアングロサクソン的気質を業のように背負ったイギリス的である。日本人がどんなにいわゆる日本美から逸脱したと思えるあばれ方をしたところで、結局その成果は外ならぬ日本美であり、日本美の拡充である。

伝統でも、幻想でも、抽象でも、具象でも、どんなものでも存在する権利があり、又存在する理由がある。芸術はその一切を容れてこばまない。ただ容れないのは、いのち無きものだけである。

ところで、同時代は一切を含む。いのちある芸術をも、いのち無き擬体物をも用捨なく包容する。清濁あわせ呑む。いのち無き擬体物は必ずしも無用でない。あやしげな擬体物の騒音や渦巻の中からこそいのちある芸術は生れる。いのちある芸術も一人で忽然とは生れない。いわば千万の擬体物の情熱が、いのちある芸術を育てるので、同時代という濁流の中にもまれて、いのちある芸術も強靱となるのである。生活は芸術よりも大きい。芸術の容れないものを生活は逞しく容れて、まるで盛り上る大河のように、殆と無感覚に、昼夜をすてず滔々と流れゆくさまは実に壮観であり、文句をさしはさむ余地もない。

私は青年の頃、世上に真の芸術を僭称する擬体芸術のあまりののさばりに公憤を感じて、そういうものを撲殺しようとしてしきりに文章を書き、随分近所迷惑のことをしつづけてきたが、事態はいささかも善くならず、今日といえども更に変りはない。しかし今日、私はこの擬体物を一掃しようなどとは考えなくなった。むしろそういうものの多いのは、真のいのちある芸術の生れてくる可能性を強める一種の肥料が増すことだと考えるようになった。一見消極的になったように見えるが、その実、これは考え方が積極的になったのである。

いのちあるものを見るのは無限にたのしい。いのちあるものはまた無限にかなしい。このよろこびとかなしみとを定着しようとして人間は芸術という形に於て神をまね、神を冒した。今人間はそのいのちさえ、いのちなき物質から合成しようとしている。芸術もまた大いに動乱を起して飛躍せねばならない世紀が来る。この世に芸術が生れてから幾十万年になるのか、この後人類が生きのびるのは幾千万年になるのか。芸術はどんな変貌を重ねてゆこうとするか。今日までの芸術はまだわかい。考えると目まいのするような今後の長い年月を思うと、今日芸術といわれているようなものが、果していつまでもその形式を持続してゆくかどうか分らない。ただどのような転変が行われても、芸術のよりどころとなる一点はいのちの有無にかかっているにちがいない。人間の手による生命の創造が可能になっても、生きて動き、生れて死ぬいのちがこの世にある限り、人間は芸術によるいのちの創造を決してやめないだろう。