Shoshi Shinsui




シンフォニア・パトグラフィカ

現代音楽の病跡学

精神構造体としての作曲家の姿

クラシック音楽フリークの精神科医がひらく、音楽批評+病跡学(パトグラフィー)の新領野。 20世紀クラシック音楽作曲界を病跡学的に広く見渡したイントロダクションと、8人の作曲家を個別詳細に論じる8つの章。 附・各章音盤紹介。

ヤナーチェク、ロット、バルトーク、ランゴー、ペッテション、ナンカロウ、ツィンマーマン(B.A.)、シュニトケ。

*病跡学とは――病跡学あるいはパトグラフィーとは、芸術家などの創造性について精神医学やその周辺領域の知を使ってなにがしかの解明をなそうとする学問

2009年日本病跡学会賞受賞作


   



* 書評記事の断片をご紹介してあります。 こちら のページへどうぞ。




著者 小林聡幸
書名 シンフォニア・パトグラフィカ 現代音楽の病跡学
体裁・価格 A5判上製 256p 定価5500円(本体5000円+税10%)
刊行日 2008年9月30日
ISBN 978-4-902854-49-7 C0073


著者紹介

小林聡幸 (こばやし・としゆき)

1962年、長野県生まれ。自治医科大学卒業。自治医科大学精神医学教室講師。共著に『精神医学の名著50』(平凡社)、『精神医学対話』(弘文堂)、『Schizophrenic Psychology : New Research』(Nova Science)など。

目 次

序 章 二〇世紀作曲家の病跡学

病跡学と二〇世紀
音楽の病跡学
現代音楽前史
調性の崩壊
新しい調性
トータル・セリエリズムと実験音楽
アウトサイダーたち
ポストモダン
本書の作曲家たち

第1章 レオシュ・ヤナーチェク ―― 直接性と日常性

田舎作曲家の先進性
晩成の作曲家の生涯
中心気質者ヤナーチェク
間奏曲 汎スラブの夢
ヤナーチェク音楽の直接性
ヤナーチェクの創作における女性
存在神秘
*音盤紹介

第2章 ハンス・ロット ―― 新たなる交響曲の創始者の発狂

精神病と作曲
二六年の生涯
診 断
交響曲ホ長調
ロットの創造性と病理
病に触発される創造
*音盤紹介

第3章 バルトーク・ベーラ ―― 「亡命」と「死」

「父なるもの」と「母なるもの」
生涯 ハンガリー時代
生涯 アメリカ時代
アメリカ時代の作品
バルトークの「亡命」と「死」
*音盤紹介

第4章 ルーズ・ランゴー ―― 「陶酔的局外者」の肖像

「陶酔的局外者」
神童としての出発
後期ロマン派から「表現主義」へ
スキゾイドの作曲家
急転回と停滞
頑迷と不条理
パラノイア性音楽
ランゴー「教授」の死
*音盤紹介

第5章 アラン・ペッテション ―― リウマチ者の音楽

孤高の道
ペッテションの生涯
リウマチ者の音楽
創造行為と癒し
*音盤紹介

第6章 コンロン・ナンカロウ ―― 自動ピアノの実験家

楽譜中心主義への奇妙な反撃
生 涯
作 品
表現病理
ひとり遊びと精神療法
遊びの連鎖
*音盤紹介

第7章 ベルント・アロイス・ツィンマーマン ―― 時間・言語・行為

自殺への軌跡
生い立ち
作曲家の生活
《軍人たち》事件
最後の日々
修道僧とディオニュソスのライン的混淆
球体的時間とツヴァンク
好敵手シュトックハウゼン
行為への移行
受難の時代
*音盤紹介

第8章 アルフレード・シュニトケ ―― 多様式と二重化

身体疾患の病跡学
由来の三重性
作曲家への道
多様式主義の確立
病と創作の抗争
人物素描
多様式の強度とその内在化
他の惑星の言語で
理性的なものと非理性的なもの
*音盤紹介

本書はしがき

ミレニアムを迎えようという1999年大晦日、当時ハンブルク・フィルハーモニーの指揮者だったインゴ・メッツマッハーは、20世紀に書かれた管弦楽曲の小品を集めて、ジルヴェスター(大晦日)・コンサートを催した。題して「現代音楽なんて怖くない」。このタイトルには見事に現代音楽のおかれた不幸な状況が示されるとともに、それに対するメッツマッハーのハッピーなメッセージが込められている。現代音楽は恐れられているのである、理解不能なものとして。しかし、先入観を捨てて聴いてみれば怖くない、こんなに面白いものなんだよ。そしてそれはライヴCDを聴いてみると見事に実証されているのがわかる。作曲家たちは創意を凝らして、いままでにない音楽を作り出そうとしているのだ。

「現代音楽なんて怖くない」の「現代音楽」は実は原題では「20世紀音楽」である。ロマン派までの音楽とは違う理解不能な音楽としての「現代音楽」に対して、価値判断を除外して単に20世紀に書かれた「20世紀音楽」と括ることは可能だが、新たな音楽を作り出そうという潮流を無視したり、「現代音楽」に対して「反現代音楽」としての旧態依然たる音楽を書くというのも20世紀の音楽の重要な症候である。21世紀から顧みると、前衛に対する賛も否も含めて「現代音楽」には違いない。

本書は現代音楽の作曲家8人の病跡を論じたものである。病跡学あるいはパトグラフィーについては序章でもう少し詳細に述べるが、芸術家などの創造性について精神医学やその周辺領域の知を使ってなにがしかの解明をなそうとする分野である。これまでこの学問分野の書物は少なからず上梓されているが、現代音楽の創造者たちをまとめて扱ったものはまずないと思う。また、現代音楽を扱った書物も少なからず出ているものの、精神医学の目から見たものという点が新奇だろう。しかし筆者の目論見は作曲家たちの診断ではない。作品から、その創作者たる作曲家の心、あるいは精神構造体としての作曲家の姿をたどろうという試みである。

本書中の論文は一応学術論文として発表されたが、精神医学に関心のある読者はもとより、音楽を愛好する読者、あるいは20世紀という時代についてなにごとか考えたい読者に開かれたものであるように努めたつもりである。一般の音楽愛好家によく知られた作曲家も取り上げているが、よほどの好事家でないと知らないような作曲家についても論考を加えている。そうした未知の作曲家たちであっても、その人生と創作にはドラマがあり、それをお読みいただくだけでも十分に面白いと思う。料理にたとえるなら、本書では濃厚な味の個性的な食材が用意されているのでなまで召し上がっていただいても十分美味なのだが、料理人がさらに味をひきたて、素材からは予想できなかった風味を醸し出せていれば幸いである。